貫井徳郎「悪の芽」の登場人物
貫井徳郎著「悪の芽」は、2021年2月に角川書店から発売された小説。
全347ページ。
初出は「小説 野性時代」。
掲載は2019年12月号~2020年11月号。
不気味な表紙です。
貫井さんの本はどれも面白いので、新刊が出ると「これは読まねば」となります。
本作も、期待通り面白かったので紹介したいと思います。
まずは、主な登場人物から。
安達周 銀行員。41歳。
安達美香 周の妻。2児の母。
真壁友紀 自動車整備工場の社長。
亀谷壮弥 大学生。
西山果南 壮弥の同級生。コスプレイヤー。
斉木均 事件の犯人。無職。
江成厚子 被害者遺族。主婦。
米倉咲恵 被害者遺族。フルート奏者。
貫井徳郎「悪の芽」のあらすじ
アニメコンベンションの会場で起きた、無差別殺人。
行列に並ぶ人々に向かい、次々に火炎瓶を投げつけて殺害した犯人(41歳・無職)は、事件直後に自殺を図り死亡。
犯行の一部始終を動画で撮影した若者、犯人をいじめていた小学生時代の元同級生、被害者遺族らの視点から描いた物語。
なぜ犯人はこんな事件を起こしたのか。
アニメコンベンションの会場を狙った理由はー。
貫井徳郎「悪の芽」の感想
エピローグ…衝撃的な殺人事件の描写からはじまります。
読んでいられないほどでした。
多くの章で語り手となるのは、都市銀行に勤務する安達周。
就職氷河期世代でありながら、銀行に就職した彼は、出世コースにのり、家庭を持ち、家も建てた。
充実した日々を送る安達でしたが、事件の犯人の名前を知り、かつて自分がいじめのきっかけを生み出してしまった同級生であることに気が付きます。
これは、安達にとってショックな出来事だと思います。
今まで大きな挫折もなく順調にきて、ここへきて「もしかして、過去の自分の言動が事件の火種となったのではー」と思い悩むことになるのです。
そして、仕事が手につかなくなった安達が取った行動は、犯人である斎木の関係者に話を聞きに行くというもの。
ものすごい行動力ですが、彼をここまで動かしたのは何だろうと考えました。
守るべき家庭のためなのか、職場に復帰するためなのか。
私が思ったのは、彼自身が過去と向き合いながら、これからを生きていくために取った行動なのではないかということ。
正解は安達にしかわかりえないのですが。


斎木をいじめていた中心人物の視点で描かれる、第二章。
家庭を築いている今、昔のことをどう思っているのか。
過去には戻れないけれど、己の行いを悔いているさまは、こちらとしても苦しいです。
犯行現場に居合わせて動画を撮影した大学生は、その動画をネット上に掲載します。
動画は多くの人の目に届き、彼の行動はエスカレートしていくことにー。
人から注目されたい、と思う気持ちはいまひとつ理解できないのですが、戒めとして心にとめておこうと思った章でした。
後半で登場する米倉咲恵という人物が、印象的でした。
彼女は被害者遺族のひとりなのですが、芯の強さや、周囲の圧に負けない姿がかっこよいのです。
息子を亡くした咲恵。冷静でいながらも主張すべきところはして、自分の意見を持っています。よくぞ言ってくれた!という場面は、何度も読んでしまいました。
最後に
アニメファンでもない犯人が、アニコンの会場での無差別殺人を駆り立てる背景にあった、悲しい現実。
それは誰が悪かったのか、どこで歪んでしまったのかは謎ですが、斎木が起こした事件は決して許される行いではありません。
些細なことがきっかけになり、大きな事件に発展する場合もあるのだと思いました。
多くの人が「もしかしたら」と想像力を働かせて行動することが大切なのかもしれません。
ネットでの無責任な推測は、危険をはらんでいます。