小池真理子「月夜の森の梟(ふくろう)」について
小池真理子著「月夜の森の梟(ふくろう)」は、2021年11月に朝日新聞出版から発売された本。
「朝日新聞」に2020年6月から2021年6月まで連載されていた(全50回)、夫・藤田さんのことを綴ったエッセイ集。全173ページ。
作家の藤田宜永さんは、2020年1月に亡くなられました。
37年間、共に過ごしたそうです。
何かのインタビューで、小池さんが「彼はよくしゃべる人」というのを読んだ記憶があります。
そうは見えないけれど…なんて思ったものですが、人は見かけによらないものです。
訃報を耳にしたときは、ショックでした。
藤田さんの作品は、昔、何冊か読んだきりですが、この機会にまた読んでみようと思っています。
エッセイはあまり記事にしてこなかったのですが、あまりにもこの作品が良かったので記録を残しておきたいと思います。
読み終わってからしばらく経ちますが、ふと気付けば何度も読み返しているのでした。手元に置いておきたい一冊です。
小池真理子「月夜の森の梟」を読んで
1つの章が3ページとなっており、少しずつ読むのにも、ちょうどいい具合でした。
書かれているのは、藤田さんを失って間もない頃の胸のうち。
加えて、森の中にある自宅での暮らし、自然の移ろいも記録されています。ときに、猫たちの様子も。
とにかく、文章が美しいのです。言葉の紡ぎ方が、小池さんならでは。
(彼女の小説を読んでいて、いつも感じることでもあります。)
この作者の書いた文章を、ずっと読んでいたいなあと思うのです。こんな風に思わせてくれる書き手には、なかなか出会えません。
長年にわたり生計を共にしてきたパートナーを失う、という経験はまだありません。
血縁関係がないゆえ、家族とは違った見方をするのかもしれませんね。
いずれにしても、近しい人との死別は辛くて寂しいもの。
夫妻の思い出や、会話の反すう、自然豊かな土地での暮らしの描写を読んでいますと、彼らに会ったことも、軽井沢を訪れたこともないのに、頭の中に情景が浮かんで来るのです。(勝手過ぎる、一読者の想像をお許しください。)
藤田さん、魅力あふれる人だったようです。寂しいですね。
彼を失ったつらさは彼女にしかわかりえない気持ちでしょうけれど、私自身も自分のなかに存在する喪失感と重ね合わせてしまうところがありました。
大切な人を亡くし、空いてしまった部分というのはうまらない、というのが今の私の感覚。突然、本当に突然逝ってしまった祖父。何年経っても、思い出さない日はありません。
挿絵も存在感がありまして。最後のページに描かれた絵が、特に好きです。
前々からなんて素敵な夫婦なんだろう、とは思っていましたが、この本を読んでさらにその思いが強まりました。
先月、小池さんがラジオ深夜便にご登場。
放送が4時台だったので、ちょっと早起きして拝聴しました。
見た目もきれいな人だけれど、声まで美人。とても若々しくて。
テーマは「夫の死に思う」だったかな。
藤田さんご本人の希望もあり、自宅で看病をされたそうです。
肺の病気だから、苦しそうだった、と。
エッセイについては、書きたいことがたくさんあって、言葉が溢れてくる…作家の性分でしょうか、とも。
10年かけて書き上げたという「神よ憐れみたまえ」についても話されていました。
これも大作。
看病しながら執筆されたそうです。
よどみなくお話しされていましたが、やはり哀しくて寂しい、と。
最後に
記憶を辿って書かれた、美しい文章。
喪失感のただ中にいる方も、そうでない方も。
機会があったら、読んでみて下さい。
ウルっときてしまい、出先では読めませんでした。
とても素敵な本です。
新聞の連載中、数多くの反響があったとご本人がおっしゃっていました。
少しだけ、家族に優しくなれたような(?)気がします。