篠田節子「田舎のポルシェ」について
篠田節子著「田舎のポルシェ」は、2021年4月に文藝春秋から発売された小説。
全270ページ。
初出は「オール讀物」。
書店で見かけた、篠田さんの新刊。
3つのストーリーが収録された作品です。
それぞれのあらすじと感想をまとめます。
篠田節子「田舎のポルシェ」のあらすじと感想
田舎のポルシェ
主人公の増島翠は、岐阜県の資料館で働く地方公務員。
実家(東京)の田んぼで穫れた米を、岐阜県まで運ぶことに。
友人から瀬沼(求職中)という男性を紹介され、往復1000キロを共にすることになった。ハイエースだと聞いていたが、瀬沼はなぜか軽トラックで現れたーというあらすじです。
表題作です。
軽トラで高速!
軽トラックの乗り心地は知っています。
だからこそ、あれで高速道路かと驚きました。
助手席の乗り心地はよく知ってしますが、決していいとは言えません。座席が直角で、固定されていますから。
高速道路でのヒヤッとする体験や、悪天候によるトラブルも、他人事ではないとハラハラ。
東京の実家を出て岐阜へ来た翠の言い分が、胸に響きました。
壮絶な家庭環境。正解は分からないけど、翠は家を出て良かったと思います。彼女の人生だもの。
一方、瀬沼の方も訳ありで、何とも切ない。
しきりに「東京の女は」と口にする瀬沼でしたが、過去を知ると彼の気持ちがわからないでも、ない。
ボルボ
仕事を退職した60代の男性2人(伊能と斎藤)が、北海道へドライブに行くという話です。彼らの妻同士が知り合いで、そこから付き合いが始まったという関係。
北海道への旅に誘ったのは、伊能。
20年乗ったボルボを手放す前に、学生時代を過ごした思い出の地を走りに来たというわけです。
誘われた斎藤は、定年間際に会社が倒産。今は、妻に養われている身の上。2人とも、それなりの企業で活躍してきたという経歴があります。
このあらすじ、道中色々ありそうですが、予想以上の展開が待っていましたー。
外車に乗ったこともなければ、同じ車に20年乗り続けた事もないのですが、そんな箇所まで修理が必要になるのかというほど、ガタが来るんですね。そして、そこまでしてもボルボに乗り続ける伊能の愛(というか執念?)がすごい。
で、問題は斎藤です。
彼の妻は、出版社の編集長。
仕事がバリバリできる、一回り年下の妻に養われているというのは、やはり居心地が悪いのでしょうか。ヤキモチをやいたり。
還暦を過ぎた男の意地があちこちに見え隠れし、いくつになってもこんな感じなのかな?と、ちょっと可笑しくもあり。
斎藤がひそかに企んでいたであろう「ある計画」に、おったまげましたが。
ロケバスアリア
主人公の春江は夫を看取ったあと、デイサービスセンターに勤めていたが、コロナウイルスの流行で仕事が休みになった。
歌が好きな春江は、孫の大輝の提案で浜松のホールを貸りてDVDを制作することに。
浜松までの移動は、大輝の職場のロケバスを使用。サポート役のディレクター、神宮司も同行することになりー、というあらすじです。
なんていい孫!
孝行できるときに、しておくべきですね。
春江が歌うのは、オペラです。
録音だけならまだしも、DVDとなると映像も残るわけで…度胸があるな、と思ったのですが、後に明かされる彼女の事情を考えると、納得できます。
コロナウイルスの流行がなければ、成立しなかった話です。
春江の仕事が休みになることも、ホールが一般に貸し出されることも、ロケバスを使うことも出来なかったでしょうし。
途中でハプニングが起こるのですが、ここでもまたコロナ禍の影響を受け、途方に暮れる一幕も。
改めて、様々な業界が影響を受けているんだなと思い知らされました。
大輝も神宮司も、乗り越えてきたものが大きい。
古希の春江も、もうひと踏ん張り。
まとめ
旅にまつわる中編が、3本収録されています。
移動手段は田舎のポルシェ(軽トラック)、ボルボ、ロケバス。
面白いだけではなく、どこか悲哀を感じました。
望まぬ状況に陥ったとき、どう立て直すかが問わているのだと思います。
先行きが分からない世の中ですが、この本に出てくる登場人物たちのように、もがきながらでも努力を続け、前へ進みたいものです。
トラブル続出の旅ばかり描かれていますが、早く自由に旅行がしたいな。